読書ノート
お玉は岡田に接近しようとするのに、もし第三者がいて観察したら、 もどかしさに堪えまいと思われるほど、逡巡していたが、 けさ未造が千葉へ立つといって暇乞(いとまごい)に来てから、 追手を帆に孕ませた舟のように、志す岸に向って走る気になった。 (…
森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』は、どんな評価を受けているのかな。 というわけで、奥野健男氏の『日本文学史』を紹介する。 深い西欧的教育を持ち、武士的な保守主義者であった森鴎外は 気品のない自然主義文学を苦々しい思いで傍観していましたが、 一方…
番新と女とは三たび目を見合わせた。歯が三たび光った。 番新がつと僕の傍に寄った。 「あなたお足袋を」 この奪衣婆(だつえば)が僕の紺足袋を脱がせた手際は実に 驚くべきものであった。 そして僕を柔かに、しかも反抗出来ないように、 襖のあなたへ連れ…
「わたしもこれから台州へ往くものであって見れば、 殊さらお懐かしい。序(ついで)だから伺いたいが、 台州には逢いに往って為めになるような、 えらい人はおられませんかな。」 「さようでございます。国清寺に拾得(じっとく)と 申すものがおります。実…
《猥れて嘲笑めるはた寒き》 これが最初の一行だった。いきなり「猥れて」とあるが、 これは、どう読むのか。 「猥」だけではない。短い四連のその詩の中には 「猥」の他に、「嘲笑」「凶」「秘呪」などの 字句がただならぬ気配を発していた。 私が知ってい…
独りであること、未熟であること、 これが私の二十歳の原点である 高野悦子の『二十歳の原点』を二十歳の頃読んだことがなかった。 年をとってから、今更のように手に取った。 日記は1969年1月2日から6月22日までで、半年もしないうちに終わってし…